ミュージアムについてジャンルを問わずご紹介するコーナーです。

第3回 Makahiki(マカヒキ)

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マカヒキ期間中の展示 (ハワイアンホール1階展示より)

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写真① Akua Loa : Lonoのシンボル

ハワイアンの四大神のひとつ、平和と豊穣の神Lonoを祀っていた期間(現在の暦では10月または11月から約4ヶ月の間)戦いや激しい労働から解放されLonoの神様の年に一度の到来を盛大に祝うMakahikiと呼ばれる風習が古代ハワイにありました。ハワイアンの新年のお祝いとも言われているこのMakahikiについて今回ご紹介します。

Makahikiの季節 Makali‘i(maka: 目、li‘i:小さいというハワイ語の意味で、英語名:プレイアデス、日本語名:すばる、のハワイ語名称)が日没後に地平線上に昇るのが見えてから初めての新月の夜が新しいシーズンの始まりだったと言われています。ハワイアンの暦で言えば‘Ikuāというハワイアンムーンカレンダーの最終月、現在の暦で言えば10月または11月頃から約4ヶ月間、ハワイでは雨の多い冬の季節です。恵みの雨をもたらしてくれる平和と豊穣の神Lonoがこの期間ハワイに戻ってくるとして、ハワイアンの人々はこの時期をMakahikiと呼び盛大なお祝いをしていました。因みにMakahikiとはハワイ語で、年や年齢、という意味も併せ持っています。Makahikiの間、人々は戦闘や労働から離れてゲームに興じ、漁業や農業の場所であった海や大地は休ませて、ハワイの生きとし生けるものが活力を与えられて回復するシーズンでした。人々の余興は‘Ulu maika(石を転がす遊び)、Mokomoko(ボクシングのような格闘技)、 Hōlua(そり滑り)、Honuhonu(足を組んで座った相手を倒す)、 Kulakula‘i(胸部を平手打ちして相手を場外につき出す)、 Ho‘opa‘apa‘a(言葉の言い争い、掛け合い)、 Kōnane(黒と白のコマを使ったチェッカーのような遊び)、 ‘Alohia(鬼ごっこのように逃げる遊び)、槍投げ、カヌーパドリング、サーフィン等、山から海にかけて至る場所で競技大会が行われていました。これらのゲームは余興として楽しむためだけのものではなく、男子が武術を上達させるための目的としても行われていました。そして子供達が精神的、肉体的に健全に育つためにも、戦闘や労働が無い時期に山や海を駆け巡り、家族でゆっくりと過ごす時間を持つことも大切でした。

*** 階級制度が厳しかったハワイ、おそらく競技大会はそれぞれのランクで行わていたのではないかと思われます。(これについては情報源が無いので、あくまでも憶測です。)  *** それぞれの地域だけで競技されていたのか、地域での勝者が更にその上の大きい地域、又は島全体で競技したのか、はっきりとしていませんが、島内トーナメントになっていた可能性もあったと思われます。当時のそれぞれの地域間や島全体の友好関係の度合いによるところだったと言えるかもしれません。

 

Makahikiに使用される像

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写真①のAkua Loaポール先端部分レプリカ

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Akua Pokoレプリカ (ハワイアンホール1階展示ケースより)

1.Akua Loa (Akua:神、Loa:長い、背が高い)  長いポールの先端にはLonoの頭部が彫刻されています。そのポールに十字に取り付けられた柄の部分にはLonoの植物としてのkino lauであるPalaという羊歯、鳥のkino lauであるKa‘upu (アルバトロス:アホウドリ)、Lonoのシンボルとしての白いKapaが掛けられています。それに加えてAli‘iのシンボルである黄色い羽とLei niho palaoa も飾られています。因みに博物館に展示しているAkua LoaはKauilaの木で作られている物です。また、この木と同じ響きを持つka uila(二語)は英語でthe lightning、日本語で稲妻、という意味のハワイ語ですが、稲妻もLonoのkino lauの一つです。Lonoのkino lauをこの像に使用することでLonoのManaや存在感を高めているのです。Akua LoaはMakahikiを祝うために島中を行進しましたが、その方向は時計回りでした。時計回りはLonoのManaを放出し、Kapuが解かれているということを意味しています。行進の際、Akua Loaに彫刻されたLonoの顔は後ろ向きだったということですが、それはLonoが人間の姿で生きていた時に妻だった女性を嫉妬から殺してしまったことを後悔して、常に妻を想い後方を向いて歩いていた、という伝説に起源があると言われています。一つの地域に行進が入る際にその地域のAli‘iからLei niho palaoaがAkua Loaに掛けられ、その地域から行進が離れる際にそのLei niho palaoaは返却されて、次の地域に進むと別のAli‘iがLei niho palaoaをAkua Loaに掛けて行進、地域を離れる時には返す、ということを繰り返していたそうです。この行進時に平民から収められるWaiwai ma loko (‘Auhauとも呼ばれる税金、徴収高)を見て、Ali‘i達は自分の管轄する地域のその年の出来高を確認していたと言われています。

2.Akua Poko (Akua:神、Poko:短い、背が低い) Akua Loaより小さい像。Akua PokoはAkua Loaとは反対に反時計周りでAhupua‘aと呼ばれる細かく分けられた地域だけを行進していたと言われています。反時計回りはManaを回収するということを意味しています。Akua LoaとAkua Pokoが出会う時、そのAhupua‘a全体でLonoを歓迎したということです。

3.Akua Pā‘ani (Akua:神、Pā‘ani:遊び) Akua Loaのミニチュア版と言われています。ポールの先端を‘Ie‘ieで編んだキャップと2本の細長い吹流しで飾られていました。Akua Pā‘aniはAkua Loaと共に行進し、競技大会の場所に祀られていました。

*** Akua Loaの像は坊主頭ですが、どうしてでしょう?誰がいつ神々の像を決めたのでしょうか?これについてはLonoだけでなく、他の四大神についても言えることですが、像がいつ誰に決められたのか、はっきりとはわかっていません。神々の像は島によって違いがあったかもしれません。 *** 飾り付けを像に直接するのは男性だけで、女性はアシストするだけの役目でした。女性は月経があるため不浄と見られる部分がありましたが、出産を始め女性にしかできない仕事があることはきちんと理解されていたため、男性と女性の役目や、それぞれのバランスを大切にしていました。 製作された像そのものはもちろん、それを作るための道具は敬意を持って取り扱われ、男性の集いの場所であったHale Muaに保管されていました。それらの物は地面に置かれることは無く、またそれを跨ぐことも許されませんでした。 *** Wood Carving のマスターでもあるUmi Kai によれば、イメージの製作は必ず一日で行うとのことでした。朝5時には海水によるお清めを済ませ、始めから終わりまで大声で会話したり笑ったりすることは無く、常に祈りと崇敬を持って彫刻に取り組みます。製作した作品は再度海水で清めます。

 

Captain Cook ちょうどMakahikiの時期が始まる頃に、白くて大きいKapaのようなマストが現れたことから、HMS Resolutionの船長だったCookがLonoに間違われました。ハワイアンはMakahikiの季節が終わるとLono がKahiki (異国の地)に向かい、Makahikiの季節が始まるとハワイに戻ってくると信じていたのです。

 

Lonokino lau

Lono showcase

ハワイアンホール1階展示ケース

Lonoのkino lauの中でも下記の物には共通点があると言われています。  Pua‘a(豚)、 Kukui(ククイ)、 ‘Uala(さつまいも) 、Kūkaepua‘a (学名:Digitaria setigera、イネ科、雌日芝に属する植物)   ・ククイの葉と豚の頭部の形が似ています。  ・さつまいもとKūkaepua‘a(kūkaeは糞、pua‘aは豚という意味のハワイ語)の種と豚の糞の形が似ています。

*** Makahikiの時期にはLonoのkino lauとして、できるだけ豚を生活に取り入れないようにしていました。(豚狩りをしない、豚肉を食べない等)

 

Wa‘a ‘auhauwa‘aはカヌー、‘auhauは税金という意味 Makahikiを終えた後のLonoがKahikiに帰るためのシンボルで、ククイの木の幹からWa‘a ‘auhauというカヌーが作られていました。それにはLonoの道中の食事として食べ物が乗せられました。

 

-用語解説 「Ali‘i」:首長、統治者、君主  「Lei niho palaoa」:lei(首飾り)、niho(歯)、palaoa(マッコウクジラ)という意味が示すように、マッコウクジラの歯で作られたペンダントヘッドです。ネックレスの部分は高貴な身分の人の髪の毛を細かく編んだものからできています。マッコウクジラは権力の象徴として、歯や骨、髪の毛にはその人の魂が宿るとされ、Lei niho palaoaは身分の高い人だけが身に着けられる装飾品でした。  「 kino lau」:kino(体)、 lau(数字の400、たくさん)という意味のハワイ語です。この世の動植物や自然現象に姿を変えることができる、たくさんの体を持っている、という神様の化身という意味の言葉です。  「‘Ie‘ie」:学名Freycinetia arboreaという植物のハワイ語名で、Halaと同じPandanaceae(タコノキ科)でハワイ原産です。主に湿度の高い雨林、300メートルから1500メートルの高度の山の斜面に育ちます。ハワイアンは根の部分を利用してバスケットや魚採り籠、身分が高い男性のヘルメットを製作していました。フラの女神、Lakaのkino lauでもあります。  Hale Mua:Kauhaleと呼ばれる古代ハワイアンの住居地にあった建物群のひとつで、男性が食事をしたり、武術についてのミーティングをする女人禁制の場所でした。

This page was last modified on 24 April 2016.